THE TIME YOU ENJOY WASTING IS NOT WASTED TIME

テキサス州オースティン在住の単身赴任者。カフェいかなーい。おしゃれな料理つくれなーい。これぞ男道!

システィーナ礼拝堂天井画展

 

 

はじめに

今日はMichelangelo's Sistine Chapel The Exhibition(ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画展)に行ってきました。

 

会場はなぜかCircuit of the Americasというサーキット場の中にあるホールでした。モータースポーツ観戦で何度か訪れたことがあるのですが、レース以外で訪れたのは初めてです。ホールはサーキットの内側にあるのですが、レース時は自分の車で入れないところです。サーキットコースの下を潜ってサーキットの内側まで入れたのはちょっと嬉しかったです。

 

背後に写っているのはCOTAタワーと言われる展望台

 

ミケランジェロ

ミケランジェロは彫刻(ダビデ像、ピエタ)が有名ですが、絵画では、システィーナ礼拝堂の『システィーナ礼拝堂天井画』と祭壇壁画『最後の審判』を描いています。

 

しかし、ミケランジェロ自身、自分は画家ではなく、彫刻家と思っていたようで、ローマ教皇から天井壁画の依頼を受けた際、気乗りせず数年間避けていたようですが、結局観念して引き受けています。最終的には約300人の人物像を含む壮大な天井画となり、4年半の歳月をかけて1512年に完成しました。彫刻家と言いつつ、紛うことなき彼の代表作の一つになっています。

 

展示会場の雰囲気。朝イチで行きましたが、思ってたより人が多かったです。

 

ミケランジェロは存命中から『神から愛された男 (the divine one)』と呼ばれ、人々から尊敬され、偉人として畏敬の念を持って見られていたようです。ただ、彼の私生活は、禁欲的で、孤独を好む陰鬱な性格で、人付き合いを避けて引き篭もり、周囲にどう思われようと頓着しない人物だった、とのことです。生涯を独身で過ごしています。

 

ちなみにカタカナ表記ではミケランジェロですが、今日音声ガイダンスを聞いていた限りでは、マケランジェロに近いように思います。そして、マとケの間に小さいイが入る感じです。マィケランジェロが正解。

 

同じく会場

 

天井壁画

システィーナ礼拝堂はバチカン宮殿にある礼拝堂です。ローマ教皇を選出するコンクラーヴェが開催される場所として有名です。実際のシスティーナ礼拝堂の天井画は、高さ約20mの位置に、幅13m、奥行き40mという壮大なサイズです。天井画は4つのエリアに分割され、それぞれのエリアでテーマが設けられています。

 

・天井部:聖書の冒頭にある『創世記』から9つの場面

・周囲(四角形):12人の預言者と巫女

・周囲(三角形):キリストの祖先たち

・四隅の球面三角:ユダヤ人救済に関連する聖書のエピソード

 

以下いくつかご紹介です。

天井部から。『The Creation of Adam (アダムの創造)』

天井部に描かれた絵画は、このホールでも天井から掛けられていたのですが、この天井画だけは、床に立てられていました。きっと一番有名な画なので、ゆっくり観られるようにということでしょうか。

 

このシーンは、旧約聖書の『創世記』に記された神(右側の髭を生やした老人)が、最初の人類アダムに生命を吹き込む場面です。いろんな説があるようですが、神が描かれている背景の布が人間の脳を表しており、アダムと神の腕はシナプスを介したニューロンの生化学的情報伝達を意味するのではないか、との解釈もあるそうです。面白いですね!(実際、ミケランジェロは教会の管理する病院で解剖をやっていたそうです)

 

こういういろんな解釈を許す絵画って、ダビンチを思い出しますが、奇しくもミケランジェロとダビンチは同時代のイタリアに生きており、ライバル関係だったようです。ダビンチの方がだいぶ年上ですけどね。ラファエロも同時代に生きており、この三人はルネサンス三大巨匠(Big Three of the High Renaissance)と呼ばれています。

 

解剖学はじめいろんな自然科学が急速に発展し始め、一方で信仰心も強かったでしょうから、それらが共存を開始しだした黎明期だったんでしょうね。この偉大な三人がたまたま同時代のイタリアに生まれたと考えるより、イタリアの黎明期が天才を生み出す条件が揃っていた、ということなんでしょう。

 

周囲画(四角形)から。『The Delphic Sibyl(デルフォイの巫女)』

周囲画に描かれた12人のうち、男性預言者が7人、巫女(女性の預言者)が5人です。この画は5人の巫女のうちの一人、デルフォイの巫女です。

 

表情は女性的ですが、腕はムッキムキです。ミケランジェロが描く神、人間(男性も女性も子供も)全てムッキムキです。きっと筋肉フェチだったんでしょうね。私もジム通いして定期的に筋トレしてますが、私の腕はこのデルフォイの巫女にも及びません。これだけの腕になろうと思ったら、預言してる間なく、筋トレせなあかんと思いますけどね。

 

四隅から。『David and Goliath(ダビデとゴリアテ)』

羊飼いのダビデが巨人ゴリアテを投石機で倒し、そこから立ち上がろうとするゴリアテの首を斬るダビデが描かれています。ゴリアテはイスラエルの民を脅かす悪者。ダビデは知恵と勇気、そして神の支えを得たええもんです。巨人から町を守った英雄とされています。

 

神の支えを得たええ者は、わる者の首を切れる、という。宗教って何?平和って何?正義って何?とか色々考えさせられます。異なる正義感を持った二人が対峙した時って、どうしたらええのん?

 

祭壇壁画から。『The Last Judgement(最後の審判)』

こちらは天井壁画ではなく、祭壇壁画です。天井壁画が完成した20数年後にこの「最後の審判」を追加で作成しています。

 

中央上にイエス・キリストが描かれています。向かって左側が天国に昇天していく人々が、右側に地獄に堕ちていく人々が描かれています。右下の川には舟が描かれていますが、この舟に乗せられ川を渡りながら、地獄の各階層に振り落とされていくらしいです。

 

この画の中に裸体が多く描かれています。その多くは局部に布を当てがっていますが、ミケランジェロが作成したオリジナル版には、腰布が描かれていなかったそうです。当時の法皇が「恥部が見えてるのは恥ずかしいから」という理由でミケランジェロの死後、ミケランジェロの弟子のダニエレに腰布を描き足させたそうな。

 

「恥ずかしい」という感情は、アダムとイブが善悪を知る木の実を食べた瞬間から、神が人間に与えたもうたものですが、その効力は「神から愛された男」が描いた裸体画にも及んだようです。

 

ちなみにこの弟子のダニエレという画家は、その後「ズボン作り」とか「ふんどし画家」とかいう不名誉なあだ名が付けられたそうな。きっと今の時代なら「モザイク職人」というあだ名になっていたことでしょう。

 

ダニエレもこんな仕事引き受けずに、「宗教画の裸体が恥ずかしいって、おまえ、中学生か!」ってちゃんと拒否せなあきませんね。

 

最後に

このような歴史的絵画って、もちろん美しいとか迫力があるとか感じるところはあるのですが、それ以上に人間の変わらない部分、人間の本質を垣間見れるのがいいですね。

 

また調べてみると、それぞれの画にエピソードや裏話的なものも見つかるので、それもまた人間臭くていいなと思います。

 

それでは、またー